GJ日記・改

北海道、札幌で活動する劇団、 「演劇公社ライトマン」総裁GJが綴る何某。

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そして始まった新企画。 

事故、韓国、ときて、5月に決まった最後のトピックス。

わたくしGJ、フルブリーチのかとうしゅうや氏、ハムプロジェクトの彦素由幸ボーイの三人で、
シアターZOOの演劇祭ZOO11に参加する事になった。

もともと、ズーフェスプロデューサーの弦巻さんに、ライトマンでやってくれないかと言われていたのだけど、
今のライトマンの戦闘力ではちょっと難しいなあと思っていたところに、
かとうしゅうや氏が「二人芝居やろう」と言ってくれたのが事の始まりだった。
彼は、「二人でダイヤモンドみたいに硬い芝居を作ろう」と言った。
そいつはいいやと膝を打ち、フェスへの参加を決め、二人で打合せをする事にした。

そして打ち合わせ当日、仕事を終え、原付にまたがった所で僕の記憶は途絶えた。
これが先日書いた、俺はねられ事件ね。
そのまま僕は自宅療養に突入し打ち合わせは延び延びになっていた。

しかし、韓国発つ前にははっきりさせなくちゃあなと、再度打合せをセッティングしたその日の深夜、
彦素ボーイから、「よさそうな事やるじゃないか、俺も混ぜろい」と、メールが来た。
そいつはいいやと、三人で話をする事にした。

気難しい野郎三人でしゃれた喫茶店に5時間。
それぞれが夢希望を語り、特に彦素は、溜りに溜まったエネルギーを発散させるかのように野望を語った。
そんな中、三人のユニット名を決める事すら難航していた。
途中で観たい映画があると言って中座したしゅうや氏は、戻ってくるなり、「僕は降りる」と言った。
その5分後にはやっぱり三人でやることになった。
俺は事故でぶつけた頭が破裂しそうだった。
その日は、何も決まらず、三人芝居をやると言う事だけ決めて、解散にした。

翌日、チラシに載せなくちゃいけない情報だけでも決めなくては、と、彦素の働くすわに集まった。
居合わせたお客さんに宣材写真を撮ってもらい、
脚本、かとうしゅうや
演出、彦素由幸
と言う事を決めた。

三人の名前は、「DreiBnanen」にした。
ドイツ語で、三本のバナナと言う意味だ。
しゅうや氏は「狐艶バナナズ」という名前にしたがっていて、
彦素にいたっては、「演技自慢」という名前にしたがっていた。
意見が割れすぎて、集合初日に解散の危機を迎えたため、命名は俺に任されていた。
ちなみに俺は初日、他の二人がプロレス好きだと言うので、
「新日本演劇」と言うのはどうだろうと言ってみたんだけど、議論の種にすらならなかった。
新日本プロレス位しか知らなかった俺が悪いね。

しゅうや氏が、バナナはおちんちんの意味だと言っていたのが気に入ったので、
男が三人だから、おちんちん三本でいいだろうと思い、
大学の時、ドイツ語をとっていた事を生かして、「三本のバナナ」をipadで翻訳してみた。
7年も大学に通った甲斐があって、インテリジェンス溢れる名前になったように思う。
メールで募集したら送られてきた、「ザ・気難しいズ」が、もう一日早かったら良かったのにな。

そうして、様々な不安を抱えたまま僕が旅立ち、帰札後初めての集会は、19日に行われた。
それぞれが暖めたプロットを出し合って、どんな事をやりたいか議論した。
おそらく、社交性が低く、世渡りが下手で気難しい三人なのだけれど、
一ついいところは、きちんと議論が出来る、と言う事だ。
お互いに、きちんと人の意見が聞けるし、自分の意見を言う事も出来る。
きちんと脚本としてまとまれば、ではあるが、面白いプロットになった。

これからの稽古が楽しみだ。
とりあえず俺は、頑張ってリハビリに通って、少しでも良くならなくてはいけない。
病院では、3~4ヶ月はびっちり通うつもりでいてください、と言われた。
ダメじゃん!!!

頑張りま~す。
俺達の戦いはこれからだ!

やー!
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( 2011/05/22 17:42 ) Category 雑文 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

GJ

Author:GJ
力いっぱい札幌で活動しています。
俳優・演出家重堂元樹の日記帳。
劇の仕事、なんでもやります。
次回は2013年3月、新作!
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